海辺で気まま日記 改め 川辺で気まま日記
毎回気ままに綴ります。猫、仏・独・伊語、音楽全般、丹田呼吸など。
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ミシェル・ルグランインタビュー(仏語記事3)
フランスというより世界を代表するコンポーザー、ミシェル・ルグラン。映画音楽の作曲も多くどちらかというとそのイメージが強いですが、れっきとしたジャズピアニストです。デビュー当時の彼は別人なくらいやせてて髪の毛もふさふさしていました。また少年のころ、お金がなかったのでインチキをしてただでジャズライブを見ていたと告白します。どちらにしろ今では考えられません。


Miles & Legrand


1950年代初期、アメリカから来たビ・バップはカルチエ・ラタンの地下酒場を熱狂させ、30年続く歓喜の一時代を幕開けする。作曲家ミシェル・ルグランは時代に立会い当時を懐かしみつつサン=ジェルマン・スピリット・フェスティヴァルに話が及ぶ。

1950年代初期、コンセルヴァトワールからサン=ジェルマン・ジャズ・クラブまではいかがお過ごしでしたか。  
いつもの通りですよ。おいしいとこ取りと新し物好きが一緒になってね。1945年、ディジー・ガレスピーのコンサートを観に行きました。ショックでまさに青天の霹靂でしたよ。聞いてもさっぱりわかりませんし。占領時ジャズはフランスで禁止されていたのですが、そこに突然このすごいビ・バップオーケストラがやってきて、一夜にして音楽に対する考え方が根こそぎ変わりました。翌日、初めてジャズアルバムを買いました。その日の夜にはサン=ジェルマン・クラブに通い始めたのです。

その雰囲気はいかがでした。
歓喜、幸福、自由、熱狂。ナチの恐ろしい惨事や多くの死者を出した戦争も終わり、パリは魅力を取り戻しました。若かったしお金もなかったので、いつも策を練ってはただで入場しましたね。最初の通過点はサン=ジェルマンクラブです。夜の9時頃には来ていて、よく見かけたのが席に座るアラン・ドロンでした。デューク・エリントン、マルシャル・ソラール、クロード・ボランの各楽団が演奏を始めていました。カップルがビ・バップの激しいリズムに合わせて踊りだします。そして場内は静かになり、さらにくつろいだコンサートが始まり、出演者としてステファン・グラッペリ、クロード・ルテール、サシャ・ディステル等が名を連ねました。  

そこでマイルス・デイヴィスと出会った… 
マイルスはクインテットで演奏しました。私に気づいていましたね。毎晩彼の演奏を聴こうとしていましたから。マイルスが見ていたこの少年は、最前列で大きく耳を開き演奏される音符の一つ一つにまで聞きほれていました。ある夜、彼に近づきファンであることを伝えました。それから7年後の1958年、二人は『ルグラン・ジャズ』というレコードをニューヨークで録音し、他ジョン・コルトレーンやビル・エヴァンズも演奏しました。さらに私はマイルス・デイヴィスの最後のアルバムとなった『ディンゴ』を1991年に共同制作しました。

このクラブで演奏を始められたのはいつでしょう。
コンセルヴァトワール卒業直後の1952年です。共演したボリス・ヴィアンは、サン=ジェルマンのジャズの発展に貢献し、開店したサン=ジェルマン・クラブやタブーではチャーリー・パーカーが1948年より演奏を始めました。そこで午前3時まで、私はピアノに向かってボリスの伴奏をしましたよ。こうして幾晩も過ごす間、私たちはシャンソンを一緒に書きました。私は時々そのシャンソンを人前で歌いましたが録音することはありませんでした。この時期はみんな作りたいものを作るのみでした。私たちは仲良しトリオでした。ボリス・ヴィアン、エディ・バルクレそして私です。この三銃士の中でエディは一番お金持ちだったので払うのは何でも彼の役目でしたよ。ボリスはフィリップス・レーベルの音楽ディレクターで私の師匠でもありアドヴァイスをもらいました。思い出すのは1954年のある日、初めての渡米からの帰りにフィリップスのディレクター、ジャック・カネティが私たちに言いました。「みんなこの新しい音楽、ロックンロールを聞いたかい。すごいよ!絶対こういったロック風の曲を書いた方がいい。」そしてある午後、ボリスと私はシャンソン・ロック4曲をサン=ジェルマン・カフェで一気に書き上げました。ボリスは作詞を、私は作曲を担当し、仲間のアンリ・サルヴァドールに歌をお願いしました。私たちはその曲をジョークやパロディととらえていました。大体ロックンロールなんてクズでしたから!さらにアンリがレコードにし、ヘンリー・コーディングと名乗りました。

サン=ジェルマン・ファンの中からスノッブな雰囲気が漠然と漂っていましたか。
枠に収まらない若者はいてもスノッブはいなかったね。ボリスはスノッブをからかっていましたし。『僕はスノッブ』という歌まで作りました。演奏者や観客は本物志向でした。クラブの経営者も本当に情熱を持っていました。リカール夫人はシャのオーナーで新人発掘に長けていました。軍看護婦として勲章を受けたことがありレジスタンスでの偉業が称えられました。夫人はセッションを毎週末に催し、無名の若手演奏家にも機会を与えました。後に知られるアルド・ロマーノ、エディ・ルイス、ジャン=リュク・ポンティが出会い、シドニー・ブシェやドラマーのケニー・クラークといったスターと演奏できました。隣にリバー・ボートというクラブがあり、リオネル・ジョスパンと異母兄弟のモウグリ・ジョスパンが経営していました。本当にちっぽけで地下にありました。あの場所でギヨタンが例の仕掛けを考案したといううわさがありました。

ジャズがヌーヴェル・ヴァーグの映画監督に与えた影響は何でしょう。
ジャック・ドゥミ、ルイ・マル、ジャン=リュク・ゴダールやその他の監督は、映画に新風を与え異なる分野の人と組みたがっていました。ジャズ音楽は彼らの作品にまさに打ってつけだったのです。はっきりした旋律を聞き取れないので、観客は音楽がどう進むかの予測不能となります。こうして登場人物の行動を予測するのがより困難となり、それに伴い不思議な雰囲気を醸し出します。映画監督の多くがサン=ジェルマン・カフェに通っていました。ロジェ・ヴァディムだと思いますが、セロニアス・モンクを『危険な関係』の音楽監督として要請しましたし、マルセル・カルネは『危険な曲り角』でその雰囲気を描くため、ディジー・ガレスピー、オスカー・ピーターソンやスタン・ゲッツの音楽を取り入れました。私自身もジャズの要素を盛り込んだ作品として、『シェルブールの雨傘』や『ロシュフォールの恋人たち』があります。

この時期に対する愛着はありますか。
ええ。確かにそうですが、どうでもいいことです。私たちを動かしたのは情熱しかありません。お金、プロデューサー、マネージャーのためではないのです。私たちはみんな文無しでした。でも自由だったのです。またそれが終わることなく続くと信じていました。

サン=ジェルマン・スピリット・フェスティヴァルはパリで5月2日から14日まで開催
ミシェル・ルグラン・コンサートはサン=シュルピス教会で5月2日21時に開始

1948年冬のある夜、ジャンゴ・ラインハルトが大型車を止めたのはサン・ベノワ通り3丁目にあるサン=ジェルマン・クラブの前であった。数分が過ぎ、黒のスーツにネクタイ姿できめ、赤いカーネーションを胸にさしたラインハルトは演奏を始め、観客はそのギターのうなりに熱狂する。ビ・バップ楽団が引き継ぎ、カップルがフロアにつめかけ32音符のシンコーペーションに合わせ飛び回る。
 
ボリス・ヴィアンとバンド仲間が地下を改装して開いたこのクラブではあらゆることが始まった。ジャズとジャヴァが遭遇した。この年代は戦後、歓喜、自由を象徴した。フランスの知識階級を代表するサルトル、ボヴォワール、コクトーの溜まり場がこのセーヌ川左岸の地下にあった。踊りあり、煙あり、酒あり、議論ありの新しい社交界ができていった。午前2時、夜はまだ始まったばかりだ。ボリス・ヴィアンに魅了された夜の蝶は、ドフィーヌ・クリスティーヌ通りの角にあるタブーに詰め寄り、毎晩彼が吹くラッパを聴いていた。そして一行はヤコブ通りの盛り場へと足を運ぶ。ル・バール・ヴェール、ラ・プレスキル、レシェル・ド・ヤコブがあった。明け方に一行は朝食を近くのビストロでとり、そこでデューク・エリントン、チャーリー・パーカー、バド・パウエルが記事を仕上げる記者と一緒に座る光景が目に入った。ブラック・アメリカンのジャズメンが夢中になった若手育成の小さなライヴ・スポットでは、肌の色はすでに問題ではなかった。むしろ実力や創造性が求められた。

サン=ジェルマンでは何でもありの世界だった。マイルス・デイヴィスとジュリエット・グレコが意気投合し行動を共にした。二人はルイジアナ・ホテル2号室に居を構えた。毎晩二人はサン=アンドレ=デ=ザール通りにあるカメレオン・クラブに現れ、若手ピアニスト、キース・ジャレットを聞いていた。キース・ジャレットはトリオでドラマーのアルド・ロマーノ、ベーシストのJ.F.ジェニー・クラークと演奏していた。アメリカ人とフランス人が集い夜明けまでジャムセッションを続けた。チェト・ベイカーやシドニー・ブシェの奏でる音に病みつきとなった彼ら金の卵たちがひしめく中、50年代は過ぎ去った。実存主義が勢力を失い、ヌーヴェル・ヴァーグの監督がその地位を継承した。彼らはジャズからヒントを得、映画のシーンにメリハリをつける。1958年、ルイ・マルが自他共に認める成功を『死刑台のエレベーター』で収めたのも、サン=ジェルマン=デ=プレで知り合ったマイルス・デイヴィスが劇伴を即興で演奏した要素が大きい。マイルスの音楽はジャンヌ・モローが夜間に彷徨するシーンを忘れがたいものとし、ベルモンドの鼓動とマルシャル・ソラールのピアノが溶け込むゴダールの『勝手にしやがれ!』に匹敵する。そしてフリージャズの時代が到来、フランスが発祥となり、シャで新人が発掘された。1980年代初頭には、これらのスポットが今は昔のこととなっている。

ミシェル・ルグランは今でも当時の印象と音を忘れない。サン=ジェルマン・クラブで「ボリス・ヴィアン・バンドとつらい生活をしていた」20歳に出会ったのが、後の音楽仲間となるマイルス・デイヴィスやアンリ・サルヴァドールだ。この街で、ルグランはクロード・ヌガロが歌う有名なシャンソン『ル・シネマ』を作曲する。

5月2日、サン=ジェルマン・スピリット・フェスティヴァルを通じ、ミシェル・ルグラン73歳は、この黄金期に活躍した音楽家を称える。43人からなる交響楽団を従え、最も知られる映画のテーマ曲を新たに編曲する。コンサートが催されるサン=スゥルピス教会は1969年11月16日にデューク・エリントン・バンドが出演したところだ。
(了)


L'Express du 25/04/2005
Michel Legrand
Quand Paris devint capitale du jazz                              propos recueillis par Paola Genone

A l'aube des années 1950, le be-bop américain enflamme les caves du Quartier latin et ouvre une période de fête qui durera trois décennies. Le compositeur Michel Legrand y était et se rappelle cette époque, évoquée au festival Esprit Saint-Germain

Comment êtes-vous passé, au début des années 1950, du Conservatoire aux clubs de jazz de Saint-Germain?
Comme je l'ai toujours fait: en associant mon éclectisme à mon esprit provocateur. En 1945, j'assistais à un concert de Dizzy Gillespie. Ce fut une claque, un coup de tonnerre. Je ne comprenais rien à ce que j'entendais. Pendant l'Occupation, le jazz avait été interdit en France et voilà, tout d'un coup, cet orchestre de be-bop extraordinaire qui, en un soir, révolutionnait totalement ma façon de concevoir la musique. Le lendemain, j'ai acheté mon premier album de jazz. La nuit, j'ai commencé à traîner dans les clubs de Saint-Germain.

Quelle en était l'atmosphère?
La fête, le bonheur, la liberté, la folie. Après ce drame horrible du nazisme et de cette guerre meurtrière, Paris était un enchantement. J'étais jeune, je n'avais pas un rond, mais je trouvais toujours un truc pour entrer sans payer. La première étape était le Club Saint-Germain. J'y arrivais vers 9 heures du soir et, souvent, je voyais Alain Delon assis à une table. Les orchestres de Duke Ellington, de Martial Solal ou de Claude Bolling commençaient à jouer. Les couples se mettaient à danser sur les rythmes effrénés du be-bop. Puis l'ambiance se calmait, et un autre concert, plus intime, débutait avec Stéphane Grappelli, Claude Luther, Sacha Distel...

C'est là que vous avez rencontré Miles Davis...
Il s'y produisait avec son quintette. Il m'avait remarqué, car j'allais l'écouter tous les soirs. Il voyait ce petit jeune, au premier rang, les oreilles grandes ouvertes, en train de boire chacune des notes qu'il jouait. Une nuit, je l'ai approché pour lui dire mon admiration. Sept ans plus tard, en 1958, nous enregistrions un disque, Legrand Jazz, à New York, avec John Coltrane et Bill Evans. C'est avec moi, d'ailleurs, que Miles Davis a réalisé son dernier album, en 1991, la bande originale du film Dingo.

A quel moment avez-vous commencé à jouer dans ces clubs?Dès la fin du Conservatoire, en 1952, avec Boris Vian, qui avait participé à l'essor du jazz à Saint-Germain en lançant le Club Saint-Germain et le Tabou, où Charlie Parker joua à partir de 1948. C'est là, vers 3 heures du matin, que je me mettais au piano pour accompagner Boris. Pendant ces soirées, nous avons écrit des chansons ensemble. Je les ai parfois chantées en public, mais sans jamais les enregistrer. A l'époque, on ne créait que pour le plaisir de créer. Nous étions trois amis inséparables: Boris Vian, Eddie Barclay et moi. Des trois mousquetaires Eddie était le plus riche, donc c'est lui qui payait tout. Boris était le directeur artistique du label Philips et mon maître à penser. Je me souviens qu'un jour, en 1954, en rentrant des Etats-Unis, où j'étais allé pour la première fois, Jacques Canetti, directeur de Philips, nous dit: «Vous avez entendu cette nouvelle musique, le rock and roll? Formidable! Il faut absolument que vous écriviez quelque chose dans ce ton-là.» En un après-midi, Boris et moi avons composé d'un jet quatre chansons rock, dans un café de Saint-Germain: Boris avait écrit les textes, moi la musique et on avait demandé à Henri Salvador, un copain, de les chanter. Pour nous, c'était une blague, une parodie, parce qu'on trouvait que le rock and roll était une véritable connerie! D'ailleurs, Henri, pour le disque, avait pris le surnom d'Henry Cording.

N'y avait-il pas un côté vaguement snob chez les Germanopratins...
Décalé, pas snob. Boris se moquait des snobs; il avait même écrit une chanson à ce sujet: J'suis snob. Les musiciens et le public étaient authentiques, et les gens qui géraient les clubs, de véritables passionnés. Il y avait Mme Ricard, la propriétaire du Chat qui pêche: une ancienne infirmière de l'armée décorée pour ses hauts faits pendant la Résistance. Elle organisait des sessions tous les week-ends et de jeunes musiciens inconnus - les futurs Aldo Romano, Eddy Louiss, Jean-Luc Ponty - pouvaient se rencontrer, jouer avec des stars comme Sidney Bechet ou le batteur Kenny Clarke. A côté, il y avait le River Boat, un club tenu par le tromboniste Mowgli Jospin, demi-frère de Lionel Jospin. C'était une toute petite cave. On disait que c'était là que Guillotin avait inventé sa fameuse machine.

Comment le jazz a-t-il influencé les cinéastes de la Nouvelle Vague?
Jacques Demy, Louis Malle, Jean-Luc Godard et les autres... ils voulaient tous changer le cinéma et travailler avec des gens nouveaux. La musique de jazz collait merveilleusement à leurs films. Privé d'un repère mélodique précis, le spectateur ne pouvait pas anticiper l'évolution de la musique: les personnages devenaient ainsi plus imprévisibles, plus mystérieux. Ils étaient nombreux à fréquenter les clubs de Saint-Germain. Je pense à Roger Vadim, qui fit appel à Thelonious Monk pour la musique de ses Liaisons dangereuses, ou à Marcel Carné, qui décrivit cette atmosphère dans Les Tricheurs, avec des musiques de Dizzy Gillespie, Oscar Peterson et Stan Getz. J'ai moi-même inséré du jazz dans Les Parapluies de Cherbourg ou Les Demoiselles de Rochefort.

Etes-vous nostalgique de cette époque?
Oui. La vérité, c'est qu'on s'en foutait. Notre seul moteur était la passion. Pas d'agents, pas de producteurs, pas d'imprésarios. Nous étions tous fauchés. Et libres. Nous étions aussi persuadés que cela allait durer l'éternité.


Festival Esprit Saint-Germain, à Paris. Du 2 au 14 mai.
Concert Michel Legrand en l'église Saint-Sulpice, le 2 mai, 21 heures.
http://www.espritjazz.com/

Une nuit d'hiver de 1948. Django Reinhardt gare sa roulotte devant le Club Saint-Germain, au 3 de la rue Saint-Benoît, à Paris. Quelques minutes plus tard, vêtu de son impeccable costume-cravate noir, un oeillet rouge à la boutonnière, il joue devant un public transporté par les rugissements de ses cordes. Un orchestre de be-bop prend le relais et des couples se lancent sur la piste, voltigeant au rythme de triples-croches syncopées.

C'est dans ce club, une ancienne cave, créé par Boris Vian et sa bande de copains que tout a commencé: le jazz y a rencontré la java. Ce sont les années de l'après-guerre, de la fête, de la liberté. Toute l'intelligentsia française - Sartre, Beauvoir, Cocteau - se donne rendez-vous dans ces endroits souterrains de la Rive gauche. On danse, on fume, on boit, on discute, on refait le monde. A 2 heures du matin, la nuit ne fait que commencer. Boris Vian entraîne les noctambules au Tabou, à l'angle des rues Dauphine et Christine, où, tous les soirs, il joue de la trompette. Puis, la troupe passe dans les boîtes de la rue Jacob: le Bar vert, la Presqu'île, l'Echelle de Jacob. Et, à l'aube, elle petit-déjeune dans les bistrots du coin, où Duke Ellington, Charlie Parker et Bud Powell sont assis coude à coude avec les journalistes qui bouclent leurs articles. Les jazzmen noirs américains sont tombés amoureux de cette pépinière de minuscules salles de concerts où la couleur de leur peau n'a plus aucune importance. Images réelles, images inventées...

A Saint-Germain, tout semble possible: Miles Davis et Juliette Gréco marchent main dans la main; ils occupent la chambre 10 de l'Hôtel Louisiane. Le soir, ils descendent au club Caméléon, rue Saint-André-des-Arts, pour écouter un jeune pianiste, Keith Jarrett, qui joue en trio avec le batteur Aldo Romano et le contrebassiste J.-F. Jenny-Clark. Américains et Français se rencontrent, tapent le bœuf jusqu'à l'aube.

Au milieu de ces pierres hantées par les notes de Chet Baker ou de Sidney Bechet, les années s'écoulent. L'existentialisme s'envole, laissant la place aux cinéastes de la Nouvelle Vague, qui s'inspirent du jazz pour rythmer les séquences de leurs films. En 1958, Louis Malle connaît un véritable succès avec Ascenseur pour l'échafaud, grâce, notamment, à la partition improvisée par un Miles Davis rencontré à Saint-Germain-des-Prés. La musique rend inoubliable l'errance nocturne de Jeanne Moreau dans les rues de Paris, comme le cœur de Belmondo bat au diapason du piano de Martial Solal, dans A bout de souffle, de Godard. Puis ce sera au tour du free-jazz de faire ses premiers pas en France, au Chat qui pêche. Au début des années 1980, la plupart de ces lieux ne sont plus que des souvenirs.

Michel Legrand garde encore en mémoire les images et les sons de cette époque. C'est au Club Saint-Germain qu' «en traînant avec la bande de Boris Vian» il rencontre, à 20 ans, ses futurs partenaires musicaux, comme Miles Davis et Henri Salvador. C'est dans ces rues qu'il compose la célèbre chanson Le Cinéma, avec Claude Nougaro.

Le 2 mai, dans le cadre du festival Esprit Saint-Germain, Michel Legrand, 73 ans, rendra hommage aux musiciens de ce temps béni. Entouré d'un orchestre symphonique de 43 éléments, il revisitera ses plus grands thèmes de films lors d'un concert en l'église Saint-Sulpice, là où se produisit, le 16 novembre 1969, le Duke Ellington Big Band.
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【2005/08/05 20:50】 文化面 | TRACKBACK(0) | COMMENT(4) |
この記事に対するコメント
こんばんわ
はじめまして。Nougaro関係のサイトを検索していてたら、こちらにたどり着きました。非常に興味のある内容盛りだくさんのBlogです。私はExciteでおたくなBlogを持っていますが、リンクさせていただいてもよろしいでしょうか。
ところで、Michel Legrand、11月に新しいCDをだしましたね。私のパートナーが大のNougaroファンなのでクリスマスプレゼントに買いました。まだ聞いていませんけど...「Legrand Nougaro」というCDです。日本でも発売されているのかしら。
【2005/12/11 02:40】 URL | 18eme #- [ 編集]

18eme様
初めまして。と言ってもLemonさんとこでお見かけしていました。リンクから何度かご訪問したことありますよ。もちろんリンクしていただいて結構です。私もさせていただきます。エキサイトってヤフー同様盛り上がっていますね。FC2はあまり盛り上がらないんです。

この記事結構自信があったんだけどなかなかコメントがないところ18emeさんがしてくださってやった甲斐があります。『ルグラン・ヌガロ』日本盤は出ていないのですが輸入盤は買えます。国内のHMVオンラインで1,975円で買えます。知らなかったので買おうかなと思います。もしジャズにご興味あったらいろいろお教えください。私の周りにもジャズブロガーの方が数人いて皆さんフランスのジャズが好きなんですよ。でもあまりに情報量が少ないし在仏のブロガーさんも意外とジャズに興味のない人が多くて・・・私のブログでムータン双子兄弟とプリスムというトリオが話題となりました。是非お願いします。



【2005/12/11 22:10】 URL | ドラム小僧 #ABp1BeuE [ 編集]

ありがとうございます。
早速リンクさせていただきます。FC2のBlogって利用者が多くて使いやすいと聞いているので、自分のBlogを開設する時非常に迷ったのですが、結局Exciteにしました。盛り上がっているといっても、私の場合、一人で盛り上がっている状態です。
我々、Lemonさんのところですれ違っていたのですね。Blogの世界って本当、面白いです。

特にフレンチジャズにこだわっているわけではありませんが、フランス人の彼の影響でよく聞いています。二人ともコントラバスが大好きなのでMingusやNhop、フランス人ではBernard Lubatのファンです。ドラム小僧さんのほうが私より詳しいと思いますので、いろいろ教えてください。
よろしくお願いします。
【2005/12/12 02:03】 URL | 18eme #- [ 編集]

18eme様
コントラバスがお好きですか。エレーヌ・ラ・バリエールという女性コントラバス奏者ご存知ですか。日本原盤でイタリア女性ピアニストリタ・マルコトゥッリと「風のとおり道」というデュオアルバムを作っています。宮崎アニメ主題歌等をテーマにしたCDです。
【2005/12/12 23:24】 URL | ドラム小僧 #ABp1BeuE [ 編集]


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ドラム小僧
  • Author:ドラム小僧
  • ようこそ!やっとBlogができるようになり楽しみです。
    今スコティッシュ・フォールド3匹と暮らしています。
    楽器はドラム。スポーツは自転車。
    語学は英・仏・独・伊(飛行機が怖いので海外に行ったことはありません)。
    音楽は近現代フランス音楽、フレンチジャズ、フレンチポップス、イタリアンポップス、ジャーマンロック、ブリティッシュポップス、テクノ。
    国内は坂本龍一、加藤和彦、大貫妙子、Phew等。
    好きなドラマーはMarco Minnemann(NHKラジオ講座ドイツ語テキスト投稿欄でも紹介)、高橋幸宏等。
    丹田呼吸を日々実践しています。
    以上のことを気ままに書こうと思いますのでよろしくお願い申し上げます。
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